無配について

前回、「無配の株は買わない」などのルールの確立のことについてお話しました。

そこで今回は、「無配」について私の考えをお話させていただきます。

よく「会社は誰のものか?」という議論をみかけますが、そんなことわかりきっています。

株式会社は株主のものです。

情緒的な価値観を持ち込んで、「会社は従業員のものだ」とか「会社は社会のものだ」とかの議論もあります。

心情的にはわかりますが、そもそものことを置き去りにしています。


例えば、あなたが自分の資産を投げ打って株式会社を設立したとします。

ほとんどの資金をあなたが出資しました。

あなたはこの会社を育て、そこからそれなりの配当金が出れば、その出資は成功したと言えるでしょう。

あなたは出資金が無になるリスクを背負い、会社を育てたわけです。

もちろん従業員の頑張りもあったことでしょう。でもきちんと給料を支払っているわけです。

そんな状況で、「会社は誰もものか?」という議論をどう感じるでしょう?

心情的なものを排除すれば、会社は株主のものです。


だから極端に言えば、「無配」ということは、出資者としては存続の意味がないということになります。

株価が値上がりすれば、それでいいじゃないか!という考え方もありますが、そもそものところを考えると、決して褒められるものではありません。

利益が出ていない苦しいときなら仕方ありませんが、「利益は出ていますが配当はしません!」なんて考え方は、「預金はたくさん預けてほしいですが、利息は払いません!」と言っているの同じじゃないでしょうか?

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